長期滞在したヨーロッパや音楽、その後の日本での生活を話題に!


by chisanakonomi
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続ユーゴ滞在記


月曜の朝、マルギットがノヴィサドの駅まで送ってくれた。
残った外貨をマルギットに渡そうとした。
マルギットは怒った。
せめて宣教活動の足しにしてほしいと申し出たが、ガンとして受け取らなかった。
なんとなく気まずい空気が流れた。
マルギットはベオグラードにいるIさんにキオスクから電話をかけようとしたが、残念ながら女の人が使用中。
しばらく待つが電話は終わりそうにない。
マルギットは「待ってるの、電車の時間があるからもう変わってもらえない?」とたぶんセルビア語で言ったんだと思う。かなりきつい口調だった。
「あ、すみません」という感じですぐに電話をかわってもらい、私が乗る電車をIさんに告げる。
「気をつけてね。よい旅を」マルギットと売店そばで別れる。
私はなんとなくさっきのことを引きずっていたけど、笑顔でマルギットに手を振った。
ホームで電車を待っていると、少し年配のご婦人が話しかけてきた。
なんと言ってるのかさっぱりわからない。
私は日本語でだったか英語でだったかよく覚えてないけど、
「あなたの言っていることわかりません」と返した。
それでも彼女は話かけてくる。
それはたぶん想像するにこんなことだったと思う。
「今日はいい天気でよかったわね。(前日は3月も後半だというのに雪がぱらついていた)だけどまだまだ寒いわね。」
私は白いジーンズに濃紺の冬コートといういでたちだった。(よく覚えているなあ)
「あなた学生さん?」と聞かれたと思う。
なんの根拠もない。ハンガリーではたいていの人は天気の挨拶そして「学生さん?」と話しかけてきたから。3人の子持ちなのにずうずうしい私である。
人懐っこいラテン系の人々よ!

ベオグラード行きの電車に乗り込み、いよいよ外務省通達で日本人は入国自粛地域に入っていたベオグラードに到着。Iさんが、窓の外で私を見つけてくれて手を振る。駅には銃をもった警察が警備している。この国では銃は自由に所持できた。
「治安はよくはないですから、私が後ろから注意して歩いていきます。」とIさん。
緊張が走る。
地下鉄の工事が資金不足から途中でストップしている。モスクワホテルという由緒あるホテルがあるかと思えば、マクドナルドの看板。アメリカとは無縁なはずなのに、アメリカ資本が目に付く。
交通機関はトラムだったかバスだったか乗り継いでダウンタウンにでかける。予約していただいたホテルに荷物を預けて、出かける。
メインストリートはいろんな店でにぎわっている。
貧しい国とは思えない。
Iさんは海賊版のCDを何枚か入手。
私は石畳の道を歩いているだけで満足だった。
地元のレストランで昼食。
パプリカに焦げ目をつけて焼いたサラダに肉の串焼きみたいなのをいただく。
「ベオグラード大学で学生時代の友達が日本語を教えているので会いにいきましょう」
Iさんは広い通りにでて、古い建物に入っていく。日本の大学を想像したら大違い。
ぐるぐる中をまわって、二度と今来た道に戻れないようなルートで、一つの部屋にたどり着いた。
ちょうど講義が終わったところらしい。
ぞろぞろと学生達がでてきたのと逆行して教室の中に入る。
「かよちゃん!」Iさんは日本人の女性に話しかける。
「あらあ、びっくりした」
かよちゃんとIさんが呼んだその女性は、くるぶしまであるロングドレスを着て、ストールを肩にかけている。知性のあふれるステキな女性だ。
この人が山崎佳代子さんだった。
私はこのときのことをよく覚えているけど、当然のこととして山崎さんは覚えていない。(再会してわかったこと)
小さな教室に移って少しお話して山崎さんとはお別れした。
その5年後くらいに復刊ドットコムからお知らせがきた「鳥のために」の原作者山崎さんに東京で会うことになるのだから、世界は狭い。
それも松下耕さんの合唱団に所属したことがきっかけなのだが。
1年後のNATOによる空爆で、マルギットもエルジケもこの山崎さんもどうにか難を逃れて生き延びることができた。
私達はほんとうに神によって生かされている。
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by chisanakonomi | 2008-03-24 23:20